スキャンダル報道の常套句「一部報道」が持つ意味

新聞記者

 こんにちは。「かく企画」社長の藤田です。現在はフリーライターとしてさまざまな記事を書いていますが、以前は新聞社に勤務し、記者と営業職を経験しました。

 今も昔も、政治家のスキャンダルや企業の不祥事に関する報道が尽きることがありません。特に近年は「文春砲」という言葉に象徴されるように、週刊誌のスクープで醜聞が白日の下のさらされることも多くなっています。

 その際に「一部報道」という言葉を見聞きすることが多いと思います。テレビや新聞が後追い報道する際「一部報道によると~」という枕詞を使ったり、不祥事を報じられた政治家や企業が「本日の一部報道につきまして~」と弁明したりする様子を見聞きした方も多いでしょう。

 この「一部報道」、あらためて考えてみると不思議な言葉です。世の中には多種多様なメディアがあり、それぞれが異なるニュースを報じるのはごく普通なことです。それなのに、「一部」という表現をあえて使うのはなぜなのでしょうか。

 今回は「一部報道」という言葉が使われる背景や意図、そしてメディア業界について、元新聞記者の視点から考察していきます。

「一部報道」とはどういう意味か

 「一部報道」とは、特定のメディアが報じた内容を指す言葉です。テレビ、新聞、週刊誌、ネットメディアなどが他のメディアにさきがけて報じた「特だね」「スクープ」「独自だね」がこれに当たります。

先を越された記者の悔しさがにじんだ言葉

 後追い報道するメディアがこの言葉を使う場合、情報の信ぴょう性に疑義を呈していることが多いです。「一部」とわざわざ前置きすることで、「すべてのメディアが報じているわけではない」「内容が断定的ではない」といった含みを持たせています。報道された内容そのものを、やんわりと疑っているのです。

 そこには、スクープを出したメディアや記者に対する悔しさがにじんでいます。「確かに先を越された。でも誤報かもわからんぞ」というように。報道を全面的に認めるのではなく、「一部」と表現することで距離を取るのです。

後追い取材が多かったポンコツ記者時代

 残念ながら私は、特ダネを出すような優秀な記者ではありませんでした。どちらかと言えば、デスクや先輩に怒られながら後追い取材をするほうが多かったです。“元ポンコツ記者”として、スクープを打たれた際のやるせない気持ちはよく分かります。

 しかし、「一部報道」という言葉を記事で書いたり、記者会見で口にしたりした記憶はありません。当時はそれほど使われていなかったと思います。なので、比較的歴史の新しい言葉だと言えます。

もちろん、実利的な意味もある

 もちろん、悔しさややっかみだけで「一部報道」と使っているわけではなく、不確定な情報に対するリスク回避の意味合いもあります。特定のメディアが報じた情報が完全に正確とは限らず、裏取りが不足している場合や、誇張された内容であることも否定できません。

 そのため、他社の報道を引用する際に「一部報道」という表現を使うことで、内容に一定の距離を置き、自社の責任を軽減しているのです。

さまざまな意味が含まれた深みのある言葉

 このように「一部報道」には、情報への疑念、記者たちの競争意識、そしてリスク回避という複数の要素が絡み合っています。とても深みのある言葉です。

 単なる言葉として流し聞きするのではなく、その背後にある意図や状況を読み取ると、無味乾燥なニュースも人間味あふれるものに感じられませんか。

言葉から見える横並び意識と情報操作

 「一部報道」という表現には、メディアに存在する「横並び意識」の一端を見ることができます。

 この言葉は、かねてより横並びが指摘されている芸能や政治のニュースで使われることが多く、ライバル紙・放送局を出し抜くことが日常茶飯事である事件や事故の報道ではあまり使われません。文芸や科学研究、地域の話題などのニュースでも見かけません。

 冒頭にも書きましたが、メディアによって扱うニュースが異なっていることは、ごく普通なことです。にもかかわらず使われる「一部報道」という言葉。少々意地が悪い解釈かもしれませんが、「一部」という言葉が使われること自体、「各メディアは画一的な報道を行うのが当然」ということを逆説的に示しているのではないでしょうか。

 画一的な報道は言うまでもなく、メディア独自の視点や深掘りが乏しくなり、ニュースの質が均一化され、“大本営発表”に近い状態となってしまいます。そう考えると「一部報道」という言葉をメディアが乱発するのは、あまり好ましくない状態かもしれません。

「本日の一部報道につきまして」というプレスリリース

 また、不祥事を報じられた政治家や企業がこの言葉を使う場合、ニュースの価値を軽く扱おうとしている意図が含まれることもあります。不倫をした政治家が「本日の一部報道につきましては、概ね事実であります」と謝罪したことは記憶に新しいところです。

 また「本日の一部報道につきまして」と題したプレスリリースを目にした事がある人も多いのではないでしょか。このようなプレスリリースは、大体弁明に関するものが多いです。「一部報道」という言葉を使うことにより、ニュースを受け取る側に対し「大したことではないんだよ」と情報操作しているようにも感じられます。

まとめ 表現の“裏側”にある意図を読み取ろう

 今回は、スキャンダルや不祥事の報道でよく見る「一部報道」という言葉について、つれづれなるままに論じてみました。

 単に「特定のメディアが報じた」という意味だけではなく、メディアの内情や独特の文化が感じ取れる表現です。スクープを認めたくない気持ちや、報道内容の信ぴょう性に対する慎重さ、さらには業界全体に染みついた横並び意識が、この表現の背景にあると考えます。

 私たちがニュースを受け取るとき、このような表現の“裏側”にある意図を少し意識するだけで、より深く報道を理解できるかもしれません。「一部報道」と聞いたときには、他の情報源にも目を向けながら、自分なりにニュースの本質を探る姿勢を大切にしたいものです。

新聞記者

Posted by かく企画