話を一方的にされて 「書くな」と言われたら

働き方

 みなさん、こんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。私は20年間、新聞記者をしていました。その経験の中で、報道する仕事ならではの困ったことがありました。

 そもそも、このブログは、会社も学歴も頼らずに生きる術を考える記事を紹介しています。独立や副業のために役立つスキルなどを向上させる話がメインです。今回は記者の仕事についての話ですが、他の分野で仕事をしている方にも参考になると思い、今回はこのテーマを選びました。お読みいただけたら大変うれしいです。

相手に先手を打たれたら

 もしあなたが記者で、取材相手に先手を打たれ、記者としての動きを封じられかけたら、あなたはどうしますか?

 私は記者をしていた時に、一方的に話を聞かされ、「書くな」と言われた経験があります。それは、ある市の市長が政治家を引退するという話でした。

 朝、市長から電話を受けて、次のようなことを言われました。

 「これから話をすることは、記者ではあなたにだけ言います」

 冒頭にそう言うと、任期満了後の市長選には立候補せずに、政治の世界から身を引くと私に告げました。そして、夕方までには何らかの方法で担当記者たちに伝える、というのです。

 この市長は、市政の失策を市議会で追及されている立場でした。市長は一方的に話をした後、「書かないで下さい」と言いました。

 書くなというのは新聞記者にとっては動きを封じられることです。この時、夕刊に記事を出すかどうかという点で悩みました。

 私は、まず、市政の失策の責任を取るのかということについて質問しました。市長はそうではないと言いました。

 私は話を聞きながら、「失策を認めないのであれば、急いで原稿を出したところで夕刊には掲載されないだろう」と考えていました。そもそも、政令市の市長ではないし、次の選挙に出ないだけです。失策を認めたところで、夕刊に掲載するのは難しい話ではありました。

 もし、市長が公式に政治家引退を表明する2、3日前に話を聞いたら、状況は違ったと思います。

 新聞は、夕刊が発行されている地域と、されてない地域があります。夕刊には、都道府県のニュースを扱うページがないので、もし、市長の引退を報じるとなると、別の自治体に住む人たちにも、そのニュースが届くことになります。つまり、それだけ広い地域の人に知ってもらう価値があるニュースなのかが問われます。

 特段のニュース性が高くない市長の退任であれば、夕刊掲載は難しいと思います。しかし、公式発表まで2、3日ある場合、県版という地域ニュースのページに掲載することが出来ます。ですから、時間があった場合、私は「書くな」と言われていても、記事を県版に書いていたかもしれません。

「書くな」と言う理由

 私は市長に、「どうして書くなと言うのか」と質問しました。

 市長は、自分を支持している市議会議員たちに説明をしていない、と言いました。市議たちに話を伝える前に記事が出るのは政治家として許されないという立場です。一定の合理性がある説明ではあります。

 話を一通り聞き終わると、「書かない」とは言わずに私は電話を切りました。それからすぐに、上司に当たる支局長に電話をかけました。支局長は私に言いました。

 「夕刊に出さなくていいよ。正式に話をする時に記事にすれば良い」

 その日の夕方、市長が市役所の記者室に来るという連絡が、広報担当者からありました。

 そして、非公式ながら市長選に出ない話を担当記者にしました。もちろん、その場に私もいました。その機会が、市長の退任記者会見となり、一斉に各新聞社の記者は記事を書きました。

「書くな」カードの出し方が違ったら?

 一方的に話をしておいて、「書くな」というのは、公人としてフェアな話し方ではないな、とは思いました。しかし、推測ですが、それがその人の仁義の通し方だったのかもしれません。

 紹介した私の経験の場合、夕刊に出すかどうかという選択肢だったため、比較的判断がしやすい状況でした。他には、どのようなパターンがあるか考えてみます。

もし一方的に話をしてから「書くな」と言われた場合

 私の経験の場合と同じですが、記者側が有利だと思います。掲載するかしないかは、こちらの判断です。話は聞けているからです。

「書くな」と先に「約束」させられてから聞いた場合

 今の私が記者なら、ニュース価値にもよりますが書きます。

 経験が浅い時には、「約束」を破って記事にするのは良くないと思っていました。しかし、「書くな」と言って、話したのは相手です。

 もちろん、私が書こうと思っても、デスクやその上の人が、「書くな」と言われたことを重く見て、掲載を見送るかもしれません。でも、記者として原稿を準備するでしょう。

ダチョウ倶楽部の世界

 その昔、「伝説の事件記者」から教えられたことがありました。それは、「書くな」は「書け」ということでした。「書くなって言っておいて、実は書いて欲しいんだ。ダチョウ倶楽部のコントと同じだ」と言われたことがあります。

 どういうことかというと、取材を受けている人(特に公人や公務員、企業幹部)が、話したということは、記者に書かせようと思っている、という考えです。言い換えれば、書いて欲しくないなら言わないはずです。

 もちろん、取材をしてきた記者に対してだからこそ、心の苦しみを打ち明けたいということがあるかもしれません。だから、100%、私の判断が正しいとは言い切れません。ただ、守秘義務を課されている人や公人の場合、「私は書くなといったのに記者が書いた」という言い訳が成り立ちます。守秘義務は破っていないという訳です。

 もし、書く場合は、「記事にします」と告げる必要はあると思います。人間関係を切ると言われるかもしれませんが、記者とはそういう仕事です。

 ちなみに、私は別の取材でそういうことを言われ、数カ月後には、また会って話してもらうことが出来たという経験があります。

出来れば複数に取材をする

 ニュースとなる出来事の核心を知っている人に話を聞けた場合でも、他の人にも取材をする必要があると思います。

 裏付け取材を尽くすことで、「あなたにだけ聞いたわけではない」ということになります。そういう場合、原稿は「関係者らによると」という書き方になるでしょう。

書かないという判断

 私の過去の失敗として、先のことを考えて書かないという判断をしたことがあります。付け加えれば、そのニュースの端緒を知ったものの、取材がもう一歩足りてない、という段階に起こりがちです。

 ニュースとして価値が低いかもしれないが、どこか他のマスコミが先に報道するかもしれない。そういう時、取材を見送ると、大概数日後に他の社にやられてしまいました。

 最近、どこの新聞社でも記者が減らされ、一人ひとりに余裕がないと聞きます。そういう状況だと、取材を途中で見送る判断をしなければいけない時が多いかもしれません。ただ、取材はある程度しないとわからないことがよくあります。

 デスクやキャップに相談しても、なんでもいいから原稿を出して欲しいので、時間がかかる取材を簡単にあきらめさせるという話も聞きます。今の記者の人たちは、とても難しい状況で取材をしていると思います。

まとめ ―心理戦で勝つためにー

 記者ではない方でも、仕事で自分の動きを封じられるようなことがあると思います。意外と社内で起こることかもしれません。心理戦はどんな業界にもあることだと思います。今回の記事をご参考にしていただけたら幸いです。

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Posted by かく企画