記者の夜回り どうやるの ―伝説編―
みなさんこんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。記者の取材手法である「夜討ち朝駆け」について書きいたところ(記者の夜回りどうやるの―実践編―)、反響をいただきました。とてもうれしく、感謝申し上げます。
改めてになりますが、夜回りとも言われる「夜討ち」は、取材対象者の帰宅時に家の前などで待って取材をする方法です。一方の朝駆けは、出勤時に取材をします。
情報源を明かせない取材は、記事化されても、時間がどんなに経っても、取材対象者が誰だったのかや、取材の手法については公にできません。それは、取材対象者を守るためです。ですから、同僚記者の間でも経験談はなかなか聞かせてもらえません。
今回は、私が聞いた夜討ち朝駆けで、「すごい」と思ったエピソードを二つ紹介したいと思います。
「夜討ち朝駆け」 完全禁止宣言
人口が多い当道府県のある警察本部に取材した話です。警察本部というのは、都道府県にある警察署の「本店」のようなところです。
人事異動があり、とある幹部が就任しました。捜査二課という部署です。捜査二課は知能犯の担当です。詐欺や通貨偽造、経済事件などを捜査します。他の課が簡単だということではありませんが、情報が命の部署なので、記者が取材をすることをとても嫌がります。途中で中途半端な記事が出てしまうと、それまでの捜査が水泡に帰すからです。
その幹部を仮にAさんとします。Aさんは就任後、記者たちに言いました。
私は、夜回りや朝回りしても話しません。淡い期待を抱いて来ていただいても対応は変わりませんから、うちには来ないようにしてください
そんなことを言われても、記者は行きます。事件が少ない県警本部の担当であれば、記者は他の仕事も兼務することがあります。ただ、ここは大規模警察本部。担当記者は、事件記者でそれだけのために毎日取材をしています。
記者も一応、近所迷惑を気にはしています。テレビドラマのように、刑事さんの家に集団で押し掛けるということはありません。取材方法は様々ですが、朝であれば、取材対象者が駅に行くまでの道で、到着した順番に記者が話を聞くというような暗黙のルールが出来たりします。
Aさんの家には、夜になると、新聞とテレビの記者が10人以上は来ていたといいます。
ところが、宣言通りでAさんは取材には応じませんでした。着任1ヶ月を前に記者の数は半分以下となり、2ヶ月になると数人になりました。
その中でも、B記者は土日でもAさん宅に行き続けました。土日の場合は、夕食前後に呼び鈴を押しました。出てきたAさんは「いいかげんにしてくれ」と言って、シャットアウトです。
夜討ち朝駆けをする記者はとうとうBさんだけになりました。
刑事が激怒した土手のシルエット
Bさんは、ほぼ毎日、Aさんに怒られるだけ。それでも、通い続けました。ここまでくると、立派なストーカーです。
夏の初めのことでした。
警察官のAさん宅は川沿いにありました。Bさんは土手の上にハイヤーを止めて、歩いてAさん宅に向かいました。
呼び鈴を押すと、Aさんが不機嫌そうに出てきました。
いつまで来るんだ。話はしないと言っただろ
Aさんが土手を見上げると、夕日に照らされた車が見えました。
あれ、お前のハイヤーか
その時、車の後部座席に人の影が見えました。
なんだあれ。数人がかりで俺を尾行しようとしてるのか? 本当にいいかげんにしてくれよ
B記者が言いました。
いや、違うんです
じゃあ、誰が乗ってるんだ?
家族です。今日は娘の誕生日でして、Aさんは対応してくださらないとは思ったのですが来てしまいました。これからファミリーレストランに行こうと思っています。今日も失礼致しました
ちょっと待て
そう言った警察官のAさんは玄関を開けて家人に言いました。
おい、なんかうまいもの作れないか?
そしてB記者に言いました。
ファミレスだから予約はしてないだろ? かみさんと娘さんをこっちに呼んできなさい。大したふるまいは出来ないけれど、うちで食事をしていってくれ
その日から、B記者は捜査二課の取材で無敵を誇ることになりました。
念のためですが、これは私の経験談ではありません。B記者を知る大先輩の記者から聞いた話です。
B記者に直接来た話ではないので、多少の誇張やディテールの違いはあるかもしれません。また、B記者がこういう結果を狙っていたのかは不明です。
こういう成功談が怖いのは、聞いた人が猪突猛進で真似をして、取材対象者に迷惑をかけることです。取材対象者の近所の人たちへの配慮も必要です。
でも、私はここまで粘り強く取材ができなかったので、「美談」だと記憶しています。
動かないハイヤー それでも出世
B記者のエピソードを紹介してくれた大先輩から聞いた別の話をご紹介します。
経営が苦しい新聞社の今はわかりませんが、ほんのすこし前までは「事件記者」にはハイヤーがあてがわれていました。これまた大規模都道府県の警察本部担当の話です。記者の名前はZさんとします。
ハイヤーがついている記者は、毎朝、車が家まで迎えに来ます。そして取材対象者の家に直接行きます。
よくあるパターンは、前日は取材対象者が酒を飲みに行ったため帰りが遅く、接触したのがすでに日付が変わった頃。それから、自宅に帰り、シャワーを浴びて横になったら、ハイヤーが迎えに来る時間に。
朝は取材対象者が家を出る前には余裕で到着してないといけないので、必然的に普通の人以上に早起きになります。
朝駆けが終わり、午前8時半か9時頃になると、事件記者たちは警察の記者クラブか新聞社にやってきます。そのくらいの時間になると、帰還したハイヤーがずらり。運転手さんも一休みで煙草を吸いながら雑談をしています。
ところが、Z記者のハイヤーは、いつも新聞社の駐車場に止まったまま。つまり、朝回りはしていないというわけです。
もちろん、独自の太い情報網があれば良いのですが、抜かれてばかり。「抜かれ」というのは、他の新聞者やテレビ局にスクープを取られることです。
Z記者の運転手さんは、仕事がなくてつまらなそうにしていたといいます。
ところが1ヶ月ほどすると、Z記者の車が朝に姿を見せなくなりました。
とうとう動き出したのか。同僚記者とドライバーさんたちの注目が集まりました。ちなみに、ハイヤーの運転手さんたちは、それぞれの記者がどこに行っているかについて、同僚ドラバーの間でも秘密にしていると聞いたことがあります。記者も同様で、基本的に誰が情報源なのかは明らかにしません。
1ヶ月ほどして、ある記者がZ記者の運転手さんに声をかけました。
「最近は仕事ができてよかったですね。早起きして待っているだけでは大変ですもんね」
記者が早起きと言いましたが、ドライバーさんはそれよりも早く起きて、記者を迎えに来てくれるのです。Z記者の運転手さんが言いました。
「いや、そんな大したことしてないですよ。Zさんの娘さんが幼稚園に行くのを送ってるんです」
抜かれ続けたZ記者。事件記者本流の人たちは呆れ返りました。しかし、どういう訳か、Z記者はその後、社内で出世をしたということです。
どこの組織にもうまく立ち回る人はいるのだと思います。新聞社は世間が思っているほど清廉潔白でもなく、本当によくわからないことが起きます。
私としては、Z記者がどうやって出世したのかに興味があります。真似はできないでしょうが、小説のネタにはなりそうです。
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