記者の夜回り どうやるの ―実践編―

2023年7月5日

 元新聞記者の仮面ライターです。みなさんは、「夜討ち朝駆け」というマスコミ業界用語を知っていますか。夜討ちは夜回りとも言い、捜査関係者らの帰宅時に家の前などで待ち伏せして、取材をする手法です。朝駆けは、朝の出勤時に取材をします。記者であれば、ほとんどの人が一度はやったことがあると思います。目的はネタを取るためですが、そうそう簡単にはいきません。

 今回、夜討ち朝駆けについて書こうと思ったのは、私が記者になりたての頃、この取材方法について、きちんとした説明を聞いたことがなかったからです。社会人になると、「自分で経験し、考えろ」ということが多いです。記者の場合、無理な取材をして、自他ともに傷ついたという話も聞いたことがあります。まとまった話が書けるかわかりませんが、読んでいただけたらうれしいです。

夜の警察署に通った日々

 記者としての初任地で、最初に事件の取材をしました。県内で一番目と二番目に大きい警察署が私の担当でした。

 当然、夜討ち朝駆けをすることになったのですが、警察官の人たちの家がわかりませんでした。通常、新聞社では「ヤサ帳」なるものが引き継がれていて、署長はあそこ、刑事一課長はどこというのは、大概わかっているものです。

 すでに事件担当から外れた人に聞くと、「夜に行くところがないのなら警察署に顔を出すように」と言われました。理由は説明してくれません。

 警察署では当直主任という人がいます。だいたい、署内の課長かそれに準じる人たちが順番で担当します。午後8時ごろになって警察署に行くと、「なんだお前」と言わんばかりの顔をした警察官がカウンターにいます。社名と名前を伝えて、当直長に挨拶をしたいというと、ほぼ100%迷惑そうにされます。

 ある時は、何度言っても当直長を出してくれませんでした。後でわかったのですが、その人は退職間際で高齢のため、みんなで寝させてあげていたのです。事情を知らない私は、大きな事件が起きて、当直長が出てこないと思い込み、署員を困らせてしまいました。

 話を戻すと、夜の警察署に行く理由は、話ができそうな人を探す作業だと思います。私が記者時代、当直長は7、8人で回していました。顔を出していると、なんとなく波長が合う人がいます。もし、そういう人が見つかれば、次の当番の時に顔を出して、顔を覚えてもらう。そして、その後上手く行けば、酒を飲みませんかと誘ってみました。

 ここでのコツは、気が合う人が見つかっても、他の当直長にも会うようにすることです。そうしないと、気が合う人を狙っていることが周囲に気が付かれてしまい、先の関係に発展しなくなります。

 もう一つのコツは、連続して行くことです。当直長の順番を把握するためです。時々、イレギュラーに順番が入れ替わっていることもありました。大きな事件などがあると、順番が狂うのです。また、記者側も、夜中の火事や宿直勤務で行きたい時間に出られないことがあります。

 相手のイレギュラーはコントロールできませんが、自分の方はなんとかなります。同僚に宿直勤務を入れ替えてもらうなどして、一気にやってしまうことをおすすめします。

 「お前、抜かれないってことだよね」と、いらぬことを言う先輩もいるかもしれませんが、そういう人は性格が悪いだけなので無視をしましょう。

始まりは 朝と夜であるとは限らない

 記者1年目のある平日の昼に、遠くて普段行くことが出来ない警察署を訪問しました。その日、仕事が休みだったのですが、当時は休みの日でもネタ探しをしていました。

 受付で挨拶をすると、署長が面会してくれるというので案内されました。すると、「かく企画」の藤田社長がすでにいたのです。説明が遅れましたが、私と社長は初任地が同じで、取材現場で顔を合わせる間柄でした。

 「抜け目ないな」と心のなかで思いました。まさか、こんな遠い警察署まであいさつ回りをしているとは想像していませんでした。2人並んで署長と雑談を小一時間ほどしました。帰り際にトイレに行くと、後ろから署長がやってきました。

 たまには顔を出して下さい、というようなことを言われた記憶があります。その場で、住んでいるところを聞くと、警察署の裏手にある官舎に住んでいると教えてくれました。

 脈があると思い、その日の夜から、仕事を終えると列車に乗って官舎に行きました。当時、その警察署管内では町長選挙が終わったばかり、もしかしたら選挙違反があるのではと思っていました。缶ビールの6本パックと簡単なつまみを手に3日連続で訪問しました。そして3日目の夜に……。この後は「守秘義務」があるので書けません。

 私は、記者たるもの朝と夜に取材対象者のところに行って、人間関係を作らないとネタが取れないと思っていました。でも、昼間に関係を作れれば、それに越したことはありません。このケースは、遠くの警察署までわざわざ行ったところが良かったのかもしれません。

答えを知っているのに夜回りをする

 次の赴任地では、市民病院の取材をしました。赴任前に、複数の医者が一斉に退職するというスクープを他の新聞が書きました。病院は医師たちの退職で経営が厳しくなっていました。病院がなくなるかもしれない。職員と利用者の間では不安が広がっていました。

 市民病院ですので、市長の考えが大きな影響を与えます。私は、毎晩市長宅の前に立っていました。

 実は、夕方までに市長に質問することの回答を別ルートで入手するようにしていました。例えば、与党の市議団に説明をする日時や、病院労組との交渉の見通しなどです。

 そして、答えを知っていながら市長に質問をしました。こうすると、嘘をつく人なのかということがわかってきます。もちろん、事の重大さによって対応は違うことはあります。ただ、一定の傾向は見えてきます。

 私は別の取材でも、同じ様なことをするようにしました。人が嘘を言う時の表情をたくさん見るようにしたのです。こうして、勘を養うようにしました。それでも騙されることはしょっちゅうでしたが…。

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相手の事情を調べる

 時間がずいぶん経って、私は大きな行政官庁の担当になりました。このような組織の人たちに、朝回りや夜回りをすると必ず言われたことがありました。

 「うちは警察とかではないので、守秘義務があるから言えない」

 でも、これはおかしな返答です。警察にだって守秘義務があるからです。

 私がラッキーだったのが、担当デスクが警察だけではなく、公正取引委員会など、いろいろな官庁を担当したことがある人物だったことです。

――逮捕して人権を制限する強制力をもっている警察は、マスコミ発表をする。しかし、行政的な色が強い官庁は強制力がないのが一般的で、相手の理解を得ながら仕事をすすめる。なんでもかんでもマスコミに話すと思われてしまうと理解が得られず、悪いことをした人が事実を認めなくなってしまう。だから、「なんでもかんでも書きますよ」という感じがする記者をとても警戒する――

 そう教えてくれました。警察取材でも相手に信頼され、理解を得ることは重要ですが、それ以上に相手の事情を調べ尽くす必要があるのです。

 取材対象者の組織内での立ち位置だけではなく、子どもが受験ではないかとか、親の介護をしていないかなども調べました。

 受験生がいる家に夜中に呼び鈴を鳴らすのは迷惑です。また、親の介護をしている人の家も同様です。相手は自分よりも人生経験が豊富な人たちです。中には、私が夜に呼び鈴を鳴らさずに駅から家の間で声をかけている理由に気がつく人もいました。そうなると、取材状況が良くなる確率は上がりました。

回ったら出禁はやってみないとわからない

 一方で、遠慮しすぎて失敗した例もあります。

 県内で一番大きな警察署の署長宅には、ほとんどの記者が来ていました。「ここに来ても取材に差がつかないだろう」と考え、他のルートを探しました。

 結局、どこにも話を聞けず、うまくいきませんでした。後から知ったのですが、その署長は、朝周り夜回りをしている記者をちゃんと見ていたそうです。「がんばってるアピール」が通用する人でした。

 もう一つ、痛い失敗を書きます。駆け出しの頃、地方検察庁の検事を朝周り夜回りすると、出禁になると公に言われていました。「出禁」というのは、出入り禁止のこと。地方検察庁は、平日夕方に次席検事に面会できる時間がありました。しかし、出禁になると、公式発表も聞けなくなるのです。

 そもそも地検は口が堅いという思い込みもあり、出禁を恐れて行きませんでした。これまたずいぶん時間が経って知ったのですが、ちゃんと取材をしていた他社の記者がいたのです。

<まとめ>

 こうして書いてみると、結局、取材はやってみないとわからないということになってしまいました。

 今回のエピソードから言えるポイントは3つです。

  • いつもと違う方法で取材をしてみる
  • 書くことだけのために、夜回り朝回りをするわけではない
  • 「来るな」と言われていても、ちゃんと取材している人もいる

 夜回り朝回りは、ドラマ的なエピソードを持っている記者がよくいます。また、回を改めて書きたいと思います。

新聞記者

Posted by かく企画