「悪い人」に初めて取材した地方新聞記者
「かく企画」社員の仮面ライターです。マスコミは日々、「悪いこと」をした人を報道しています。私は昔、新聞記者をしていて、事件の取材もしました。
今回は、初めて「悪い人」の記事を書いた思い出をお話したいと思います。ただ、逮捕、起訴されたというような「悪い人」ではありません。全国的な著名人でもありません。それでも新聞は、記事にすることがあります。
1本のタレコミ電話 警察署に向かった
それは記者になって1ヶ月のころでした。外で取材をしていると、内勤をしている先輩格の記者から、とある警察署に行くように言われました。
新聞社に寄せられたタレコミの確認取材です。
ある市議会議員が飲酒運転をしたという内容でした。わかっているのは議会の名前と、おおよその日時。そして、市議の車がトラックと接触し、どういう訳かわかりませんが、市議がトラック運転手を罵倒したという内容でした。
私が指示されたことは、「全部聞いてこい」ということでした。
そもそも、小さな市の議員です。20年くらい前の当時は、飲酒運転に対する社会的な厳しさがとてもゆるかった時代です。市長ならまだしも、聞いたことがない市議のことが記事になるのか、半信半疑でした。
警察官からのメッセージ
警察署に到着しました。その警察署は規模が小さかったので、広報対応は副署長の代わりの次長でした。
タレコミがあったことを伝え、知っている事柄を一つずつ聞きました。
次長は返事をせずに私の話を聞き置きました。そして、確認をするから待っているようにと言いました。
しばらくするとファイルを持って次長が再び現れました。私が伝えた内容は、すべて事実であると言いました。
私は礼を言って、警察署の外に出て、タレコミを命じた記者に電話をかけました。すると、逮捕されているのか確認するようにと言われました。
私が戻ると、次長は席にいました。逮捕はされていないとのことです。再び、外に出て電話。また、別の事項を確認するように言われ、次長に再取材。
まともな取材が出来ない私を見かねたのか、警察署を出ようとする私を次長が呼び止めました。
次長は車をぶつけた場所、相手のトラックの損傷箇所、トラック会社の名前などを教えてくれました。
そして、私に言いました。
「この市議の飲酒運転は今回だけではないんだよ。ちょっと考えてごらん。飲酒運転をして、他の車とぶつかっている。トラックに過失がまったくないこともないが、普通、飲酒していたら自分を責めるでしょ。それどころか、トラック運転手に食ってかかってもめごとを起こしている。しっかり取材してください」
自分の想像力の足りなさと、子どもの使いのような取材を恥ずかしく思いました。
それにしても、今の警察官で、ここまで踏み込んで話をしてくれる人はそうそういないのではないでしょうか?
市議の家に「幽閉」2時間
次長に言われた「事故現場」にまずは向かいました。日にちはかなり過ぎていたので、何ら事故の形跡はありませんでしたが写真を数枚撮影しました。
そして、市議の家に――。
市議の男性は不在でしたが、その妻に言われて家にあがりました。事情を説明すると、30分くらいして市議が帰宅しました。
警察署で確認した事実を伝え、受け止めを聞こうと話をしました。ところが、市議は大声で怒り始めました。
「誹謗中傷の記事を書いたら訴えてやる。新聞社ではなく、お前個人を訴える」
ものすごい剣幕でした。自分がどうやってその言葉に対応したか記憶はありませんが、その言葉ははっきりと覚えています。すると、市議の妻が間に入ってきました。
「本人は深く反省しています。今後、こういうことは絶対にしません」
なんとか記事が出ないように私に訴えかける妻。ところが、市議は再び口を開きました。
「いや、訴える。興味本位でおもしろおかしく記事を書いたらどういうことになるか、思い知らせてやる」
ちなみに、政治家が自分の不利な取材を受けたときに口にする言葉が、「興味本位」と「おもしろおかしく」です。
妻が再び抑え込み、市議が吠える。その繰り返しをしているうちに、市議は少しずつ落ち着き始めました。落ち着くまでに1時間以上はかかったと思います。
「新聞社に垂れ込まれるとは、まだまだ自分は信頼されていない。反省しなければいけない」
市議は独り言をつぶやきますが、ちょっとピントがずれています。そもそも、飲酒運転をして、トラックと衝突した上に、相手のドライバーに文句を言ったということについては、気にしている様子がありません。
私は原稿を書く時間を気にしながら、質問を続けますが、市議はまともに答えませんでした。1時間半を過ぎ、取材を終わらせることにしました。
玄関を出ると雨が降っていました。市議は私に向かって言いました。
「絶対にお前を訴えてやるからな」
少しは反省めいた雰囲気を出していたと思っていたのに、また怒り爆発です。雨は強くなってきました。私は車に向かいました。
その私を追いかけてきた妻が記事を書かないでくれと懇願します。
「本人は反省していますから」
私は言いました。「反省しているのでしょうか?」
雨はひどくなり、傘がない私はずぶ濡れですが、妻はお構いなしです。とにかく記事を出すなの一点張りでした。
「悪いこと」とは?
15分は強い雨の中、妻の話を聞きました。車に戻り、髪から滴る雨をハンカチでおさえながら考えました。
市議夫妻に対して怒りの感情はありませんでした。正直、家で話を聞いているときに、少し気の毒にも思いました。私を罵倒したのは、突然の取材に驚いたのかもしれません。
一方でこうも思いました。
私はしっかりと話しを聞こうとしていたのに、一方的に言いたいことだけ口にした市議。質問には答えてくれませんでした。
そして、何よりも、雨が強く降っているのに、濡れている私を気にすることなく、記事が出ない確約だけを取ろうとしていた妻。妻も反省はしていないのだろうなぁ、と思いました。
罵倒されたり、びしょ濡れのまま懇願されたりしたからではなく、取材をしたことは記事にしなければと思い至りました。
警察署の次長が言っていたように、おそらく、この市議は同じようなことをしてきたのだと思います。
後日談
市議に取材をした時期は、統一地方選挙が近づいているときでした。選挙があるので市議夫妻は必死だったのだと思います。
他の候補予定者が自分を蹴落とすためにタレコミをしたという思いが、市議夫妻にはあったのかもしれません。
ちなみに、小さな記事でしたが市議の話は掲載されました。そして、その後あった市議会選挙で、「飲酒運転」市議は、次点で落選しました。
ある日、その市議が住んでいる地域の海水浴場で私が遊んでいると、「飲酒運転」市議を目にしました。海の家を経営しているらしく、笑顔でかき氷を運んでいました。とても人の良さそうな笑顔が印象的でした。
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