落語「算段の平兵衛」を聞いて 会社を辞めた
今回の話のポイントは、以下の3点です。
・かなりマイナーな古典落語について
・現代のビジネスパーソンに求められる能力について
・私が会社を辞めた話
こんにちは、社長の藤田です。2021年に新聞社を退職し、現在はフリーランスのライターとして活動しています。
古典落語に「算段の平兵衛(さんだんのへいべえ)」という噺があります。戦後に上方落語の桂米朝師匠が復刻した演目なのですが、悪が栄える内容ということもあり、かなりマイナーな存在です。
ただ、この噺に出てくる平兵衛という男、人を殺してしまう相当に悪いヤツなのですが、問題解決能力、発想力、度胸・胆力、マネタイズ力と、現代のビジネスパーソンに求められる素養を全て兼ね備えた、凄腕の男なのです。
今回は、算段の平兵衛のあらすじを紹介し、この男の能力を考察。そしてこの落語を聴いたのをきっかけに、私が社会人に見切りを付けた話をしたいと思います。
「算段の平兵衛」あらすじ
あらすじは次の通りです。長い話なのでかなり端折っています。なお、オチついては今回のテーマと関係がないので割愛します。
端緒となる過失殺人
ある村に住んでいた「算段の平兵衛」は、定職に就かずぶらぶらしている男。人間関係や金銭トラブルの仲裁をして生計を立てていました。ある日金が尽きたため、庄屋から金をゆすり取ろうとしますが、勢い余って殴り殺してしまいます。
ここから、平兵衛の悪だくみが次々と展開されていくのです。
第1の企み
その日の深夜、平兵衛は庄屋の家へ行き、庄屋の声色を使って妻に帰宅が遅くなったことを詫び「家に入れてくれないと首を吊る」と言います。どうせ愛人宅にでも行っていたのだろうと腹を立てた庄屋の妻は「首でも何でも吊れ」と返事。「よう言うてくれた」とばかりに平兵衛は庄屋の遺体を木の枝にくくり、自殺を偽装します。
翌朝、夫の変わり果てた姿を見た庄屋の妻は、本当に自殺したと喫驚。平兵衛に25両を渡し「体裁が悪いので自殺をもみ消してくれ」と頼みます。
第2の企み
依頼を受けた平兵衛は、隣村で行われていた盆踊りの練習に庄屋の遺体を運びます。そこで生きているように見せかけ、手足を動かしておもしろおかしく踊らせます。何物かに練習を邪魔されたと怒った隣村の若者は、庄屋に一斉に殴りかかりボコボコに。当の平兵衛は夜陰にまぎれて逃げてしまいます。
騒ぎが収まり、ボロボロになった死体を見た若者たちは、自分たちが殺したと勘違い。「善後策を算段の平兵衛に相談しよう」と、やはり25両を持って平兵衛に依頼に行きます。
第3の企み
その後、平兵衛がさらに一計を案じ、オチへと向かうのですが、長くなるのでこの辺で。気になる方は本編をお聞き下さい。CD「特選!!米朝落語全集 第12集」に収録されています。
現代ビジネスシーンに通用する平兵衛の能力4選
冒頭で紹介したとおり、平兵衛は現代のビジネスパーソンに求められる能力を備えています。その四つの能力について解説します。
問題解決能力
誤って庄屋を殺してしまう算段の平兵衛ですが、すぐに自殺への偽装を思い立ちます。不意に起こったトラブルに対しても、冷静に対処する点はさすがです。
女ったらしである庄屋の、やきもち焼きという庄屋の妻。ステークホルダーの性格を熟知した上で、結論から逆算して解決策を導き出し、実行していく。まさにビジネスパーソンの鏡です。
発想力
その後も、庄屋の妻から自殺のもみ消しを依頼されるわけですが、そこから隣村の盆踊りの練習に発想を飛ばすのが、いかにも平兵衛です。その後、隣村の若者からの依頼もたちどころに解決していきます。
一見つながりのなさそうな二つのものをつなげるのは、現代のイノベーションに通じるものがあります。
度胸胆力
庄屋の家へ行って声色を真似るというのは、相当リスクの高いミッションです。「家に入れてくれないと首を吊る」と庄屋になりすましましたが、もし庄屋の妻が「じゃあお入り」と戸を開けたら、殺しがバレてしまいます。
それでも平兵衛は難なくやり遂げます。必ず成功すると自分を信じ、いざというときには勝負をかける。大舞台でも物怖じしないことは、ビジネスでも大きなプラスとなります。
マネタイズ力
平兵衛は自分の問題を解決するだけでなく、庄屋の妻と隣村の若者たちからそれぞれ25両ずつもらっています。ピンチをチャンスに変えるだけでなく、自分の強みを生かして利益を得ているのです。
算段の平兵衛を聞いて会社を辞めた?
私はかつて新聞社に勤めていましたが、記者職から営業職に移った時、営業先へ向かう車の中でこの落語を初めて聴きました。正直あまり好きな噺ではありませんでしたが、平兵衛みたいな人は営業に向いているだろうなあと思いました。
得意先との間にトラブルが起こっても、何事のなかったかのように手際よく解決する力、折れるところは折れながらも、いざというときにはこちらが提示する条件をのませる力、そして営業の根幹ともいえるマネタイズする力。話を聞きながら、何人かの先輩や同僚の顔が頭に浮かびました。
かたや私はどうでしょう。トラブルが発生し、いろいろと解決策を試みるのですが浅知恵ばかり。いつまでたってもクロージングできません。取引先からは嫌みを言われっぱなし。利益にも貢献できていませんでした(もっとも、マネタイズという点では業界自体が苦戦していますが…)。
この噺を聞き、自分は平兵衛にはとてもなれないと感じてしまいました。一生懸命仕事をしていたつもりですが、自分にはこの仕事が無理でないかという思いが日増しに強くなっていきました。
この落語に出会ったことが会社を辞めた直接の理由ではありませんが、退職を後押しした大きな要因の一つです。
2023年6月に死去が発表された上岡龍太郎さんは漫才師になる前に噺家を目指していましたが、桂枝雀を聞いてあきらめたそうです。かつて三遊亭楽太郎(のちの六代目円楽)門下の落語家だった伊集院光さんは、立川談志が若い頃に演った「雛鍔(ひなつば)」のテープを聞き、限界を悟って廃業したと聞きます。
私にとっての枝雀や談志は、この算段の平兵衛だと言えます。
まとめ
私は組織で利益を追うことをあきらめ、紆余曲折を経て現在はライターをしています。企業を取材することが多いです。経営やイノベーションで頑張っている人を外野から見て、記録する仕事です。
努力する張本人でなく、その努力を端から見て、文章を通じて応援する-。そのほうがおあつらえ向きじゃないかと自分で思っています。もちろん、ライターもそれなりに努力は必要ですが…。
あらすじがあらすじだけに、この噺は落語好きでない限り知られていません。南光、八方、文珍など当代の名人も高座にかけているようですが、私は米朝さんのCDでしか鑑賞したことがありません。
以前紹介した「百年目」は、企業と従業員のエンゲージメントを体現したような話でした。古典落語には現代の価値観に通用する話が結構あります。これからも折に触れ、紹介できればと思います。
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