伝説の記者 ー「あくが強い」のは記者の資質かー
みなさん、こんにちは。昔、記者をしていた仮面ライターです。記者にはとても「あくが強い」人がいます。それが記者にとって必要な資質なのかはわかりませんが、もしかしたら、「これを書くんだ」という強い信念がそういう変人的な自我をつくるのかもしれません。
今回は、あくの強い記者の中から、私が「北の虎」と名付けた伝説的な人を紹介したいと思います。
若手記者殴打事件
私が新たな赴任地に赴いたときのことです。その地域取材網のトップ(※デスクより偉い人)である上司にまずは挨拶に行きました。
「北は危険なので気をつけるように」
それしか言いません。「どういうことですか?」と私は質問をしましたが、私が働くことになる二人だけの職場の先輩に詳しいことを聞くようにと言われました。
先輩に会うと、いの一番に危険な北について聞きました。それは、私の前任者の経験したことでした。
取材の内容は忘れてしまいましたが、数人で取材をして、私の前任者が一つの原稿にまとめる係をすることになりました。
その中の一人が、私がのちに「北の虎」と名付けるようになるベテランの男性記者でした。丁寧な取材をするのでしょうが、とにかく原稿を出すのが遅い人でした。
前任者は自分の原稿をまとめ、北の虎が出してくるのを待っていましたが出てくる気配はまったくありません。仕方がないので、あり合わせの材料で原稿をつくり、デスクに送りました。
すると、烈火のごとく北の虎が怒りました。「ひとまず出します」と、一声かけたのかは定かではありませんが、良い原稿も何も時間が重要です。
しかし、そんなことは関係なし、社屋にやって来ると、私の前任者を殴ってしまいました。
今思えば、どうして挨拶したときに、地域取材網のトップは何も言わなかったのか? これは、その後も経験したのですが、自分の口からもめ事を言いたくなかったのだと推察されます。簡単に言えば保身です。
車で2時間事件
私が配属された地域は、県庁所在地から遠いところでした。その県庁所在地から離れた地域は、さらにいくつかの小さな取材拠点にわかれていました。私がいたのは、そのいくつかの取材拠点をまとめるところ。一緒に働いていた先輩記者は、その地域の責任者をしていました。
前任者の殴打事件を知り、なんだかとんでもないところに来たと思いました。
「それだけではないねん」
先輩記者はさらに過去のことを教えてくれました。
北の虎は、あるとき一人で原稿を書きました。原稿の中身について、私は覚えていません。その内容はこの際、重要ではありません。
またまた時間をかけて執筆し、出稿責任者のデスクの胃を痛めつけました。なんとか原稿は出て、締め切り時間ぎりぎりに出稿。やれやれと思ったところ、北の虎の怒りが爆発しました。
自分がこだわった部分が削られてしまったのです。でも、時間もありますし、致し方ない話です。すでに印刷も始まっているというのに、北の虎はおさまりません。直通電話で怒鳴り続けます。
印刷が始まったと言っても、それは、私たちがいた地域用の紙面だけ。ほかの原稿をデスクは見なければなりません。
そもそも、北の虎のせいで、監修しなければならない原稿がたまっていて、デスクはピンチに陥っていました。
怒りの電話は続いていましたが、デスクは電話を切りました
すると、再び電話。他の記者が取ると、「いまからそっちに行くから、覚悟しとけと言っておけ」
内勤をしている記者たちは、まさか来るわけはないと思い、ただの脅しただと高をくくりました。
ところが、そのまさか。車で2時間以上の道のりを飛ばしてきたのです。普通は、2時間も運転をしていれば一時の感情は沈静化しそうなものですが、小さな記事の一カ所のために、本当にデスクに怒鳴り込みをかけたのです。
ちなみに、北の虎の車は、普段から傷だらけ。もしかしたら、怒るたびに車を飛ばすので、ちょこちょこぶつけていたのかもしれません。
市役所ウンコ事件
先輩記者の話に私は観念しました。
――ここにいるうちに、一度は殴られるだろう――
出典はまったく覚えていませんが、何かのスポーツ漫画の言葉を思い出しました。
「北に虎がいる」
私はその日から、「北の虎」と勝手に名付けて、おびえながら記者生活を送り始めました。
数カ月、北の虎とはまったく接触せずに過ごすことが出来ましたが、とうとうその日がやって来ました。
前任者と同じように二人で取材をして、私がまとめる役。殴打事件の第二弾になりそうな予感がプンプンします。
しかし、先輩記者が言いました。
「安心して。君の仕事は、地域の数人に話を聞いて、パーツを出すだけだから」
私の小さな心臓は少し息を吹き返しました。
取材の日。待ち合わせの市役所に行きました。すると、初老の男性記者が市役所入り口で叫んでいます。
「ウンコ、ウンコやろうー」
うぁ、変な人だ。目を合わせないで通り過ぎよう。私は通り過ぎて、言われていたロビーで座っていました。
すると、ウンコと叫んでいた初老の男性が話しかけてきました。北の虎でした。
聞いてみると、ウンコと言われていたのは、他社の記者で、前にひどいことをした人だとか。髪が茶色いので、ウンコと名付けたそうです。
実際は、赤い髪だったので、「ウンコ」は間違えであり、「赤毛のアン」くらいが妥当だとは思ったのですが、そういうことは口に出しませんでした。
それにしても、市役所の前で「ウンコ」と叫ぶ人が同業どころか、同じ会社の人だとは。
ちなみに、取材は結局、私がまとめることになりました。書くのが遅い北の虎には任せられないというデスク命令が夕方に下り、「あぁ、これで紙面に穴を開けるか、殴られるかだ」と覚悟しました。
しかも、北の虎が取材しておくべき部分が手つかずのまま。「過去記事を書き写せば良い」と主張する北の虎ですが、実際に確認取材をしてみると、過去の記事に間違いが数カ所。仕方がないので、こっそりと確認取材をしなければなりませんでした。
北の虎に薫陶を受けた記者
その後も、北の虎と関わることはありましたが、五体満足。軽傷もなく過ごすことが出来ました。
そして、北の虎より先に人事異動が出て、「魔の地域」から脱出することになりました。
その送別会でのこと。
私とデスクが送り出される人として、ひな壇に座らされ宴が始まりました。司会者の同僚は、送別会の前に根回しをしておき、私たちのエピソードや送る言葉を語る人を決めておきました。
1時間ほど、飲み食いをするとスピーチタイムの始まりです。順調に話は進み、後は、一番偉い人の話と、私たち異動者のお礼の言葉が残るのみとなりました。
すると、北の虎がすくっと立ち上がり、マイクのところへ。凍り付く会場。隣のデスクは「俺、殴られるんちゃうか」とびびっていますが、私も同様です。
マイクを司会からひったくって、北の虎のスピーチが始まりました。話の要領を得ませんが、私がした取材について話しています。「あぁ、まずいなぁ。内心は怒っていたのか」。観念しました。
すると、「ここの中で記者らしい取材をしているのは彼くらいのものです。自衛隊やいろいろなところに食い込んで良く書いていました」
は? 殴られないの??? 隣のデスクが言いました。
「お前、褒められてんで。良かったやんけ」
市役所で「ウンコ」と叫ぶ人に褒められた私。嬉しいような嬉しくないような。その方もすでに鬼籍に入っています。そして、私は、北の虎に褒められた「逸材」にもかかわらず、記者の職を失いました。
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