新聞のルポとは何か
こんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。みなさんは「ルポ」と聞いて、どんなイメージが浮かびますか? 新聞記者になって2年目のある日、「ルポを書いて」と上司から言われて、困った経験があります。
このブログを若手の記者の方が読んだら笑うかもしれませんが、私は、新聞のルポというものがわからなかったのです。
今回は、「ルポとは何か」を考えながら、新聞報道について思っていることをお話したいと思います。独立や副業へのスキルアップに直接つながらない話になるかもしれませんがご容赦下さい。
「ルポを書いて」 2年目記者は困った
それは鳥インフルエンザが流行していた時でした。約20年前だったと記憶しています。
ある日、支局長が「お前、養鶏農家で働いて、鳥インフルエンザのルポを書いて」と言いました。支局長というのは、地方取材網の支局のトップでデスクより「偉い」人です。
どういう意図でそういう指示が出たのかはわかりません。原稿量が少ないと思われていたのか、目立った活躍がないと思われていたのか。少なくとも「こいつならおもしろいものを書くに違いない」、ということではなかったはずです。
正直言うと、その指示に対して不満を感じました。なぜなら、通常業務をやりながら、という条件がついていたからです。当時は、いわゆる「平成の大合併」で市町村の統廃合が相次いでいて、私は合併問題で揺れる自治体2市を担当していました。
朝から夕方まで養鶏農家で働かせてもらって、夕方には市役所に電話をし、何か問題が起こっていないかを探り、必要があれば、さらに取材をする。そうなれば、締め切り時間に間に合うかわかりません。そう考えるだけで、「無理だ」と嫌になりました。
農家はピリピリ 取材拒否が続出
まったく気乗りはしないし、ただただ上司の圧力で取材に取り掛かりました。ところが、取材が嫌だなんて言っていられる話ではありませんでした。
約20年前の記憶なので不確かですが、電話帳かネット検索を頼りに、養鶏農家に電話をしていきました。ところが、取材拒否が続きます。かけてもかけても断られる。
養鶏農家は、鳥インフルエンザの影響で風評被害を含めて、ただならないダメージを受けていました。そんなところに、「働かせてください。それを記事にします」と記者が電話をかけてきたのです。「そんなこと書いてどうするんだ」と、怒った人もいました。
半ば諦めかけていた頃に1軒の農家がOKしてくださいました。その農家は家族経営で他のところに比べると規模は小さめでした。
初日は、農場を見学させてくれました。
「ここ、穴が空いていてスズメとか入ってくるんだよ」
鳥がいる施設をネットで覆っているのですが、所々が傷んで、野鳥が入り込む隙間がありました。当時は、そういうことがあってはならないという社会の雰囲気がありました。でも、そういうところをまったく隠すこともなく、見せてくれました。
最も幸せな取材の一つとなった
最初は三日間という約束でしたが、結局一週間以上働かせてもらいました。
ご主人は優しい話し方をする人でした。でも、空手の黒帯で人に教えるほどの腕前です。とても柔和な顔とマッチしません。一緒に働いている奥さんもとても気さくで優しい方でした。
夕方は、家族と一緒の食卓座らせていただき、毎日ごちそうになりました。
忘れられないのは、食卓の真ん中には大きめの器がドンと置かれ、卵がたくさん入っていました。卵がけご飯で2個は軽く食べてしまいます。
それまで、なんとなく生卵は好きではありませんでした。でも、あの日から大好きになりました。
いつも車で来ていたので飲酒をすることはありませんでしたが、温かい人たちに囲まれて、記事が書けないのではないかという不安を一時ですが忘れることが出来ました。
ある時に、ご主人にどうして取材を受けてくださったのかと聞いてみました。
「あんたも、上司に言われて困っとったんだろうと思ってね。確かに、風評被害とかあるかもしれないけど、うちはちゃんと鳥を育ててきた。何も後ろめたいことはしていないから、全部見てほしいと思ったんだ」
取材初日、僕の思い詰めた顔を見て、いろいろ感じ取られていたそうです。
誰でもそうかも知れませんが、新しい仕事を始めたころは、うまくいかないことばかり。別の回で紹介しましたが、当時は、ヘビー級のパワハラデスクの下で働いていました。そういうデスクがいるところでは、自分だけは被害に遭うまいという人たちがいます。結果として、職場はギスギスして、しんどいところになっていました。
取材で訪れた最後の日、ご主人は自分が勉強してきたことをまとめた紙をくださいました。人間関係のコツなどが綴られていました。そして、奥さんが言いました。
「嫌なことがあったらいつでもおいで。ここにあるサンドバックを叩きに来てもいいよ」
こちらの農家とは、その後も長くお付き合いをさせてもらっています。
「さあ、書こう」はて、困った
幸せな時間を過ごさせてもらい、養鶏農家での仕事はひとまず終わりました。パソコンに向かって原稿を書こうとしたのですが、手が止まりました。
ルポって、何?
まず、過去記事データベースを調べてみました。ところが、「これはルポです」と、ことわって書かれた記事はありません。時々、「ルポ◯◯」という題名の特集があるのですが、普通の記事との違いが読んでもわかりません。
ルポとはルポルタージュのこと。私の辞書(※「新明解国語辞典第三版」1986年発行)には、次のような説明が書かれています。
事件が起こった時、特派された記者による現地報告。広義では、現地報告的な文学作品をも指す
ネット検索で調べると、眼の前で起こったことや自分の心情を綴った文章、というような説明を見つけました。
その時に後悔したのは、「普段から丹念に新聞を読んでいれば、新聞のルポがどういう書き方かわかったのに」ということでした。
ちなみに、同僚に数人に聞きましたが、誰も明快に答えた人はいませんでした。
「情景が目に浮かぶように場面を書く」とか「自分がいなければわからなかったことを書く」など。
普段から情景が浮かぶように見たことを書くように心掛けていました。また、取材にいかなければ書けないので、「自分がいなければ」と言われても、ピンときませんでした。
先程、引用した辞書の説明が一番わかりやすいヒントです。「現地報告」なのです。
他にも養鶏農家があるかもしれないけれど、私が取材した農家ではこういうことになっている
ということが伝えられればよかったのです。
私がどういうものを書いたのか……。書き出しだけは覚えています
――支局長に指示されて鳥インフルエンザの取材をすることになった。しかも、記者が来ることを嫌がっている養鶏農家に頼み込んで、働かせてもらい、ルポを書けという。やれやれと思ったが、支局長の指示には逆らえない……――
最初の原稿を出したところ、パワハラデスクがパワフルに怒鳴り散らしたのは言うまでもありません。
これが新聞ルポ
こういう苦い経験があって、その後、新聞の社会面を読む時に、ルポスタイルの記事はじっくり読むようになりました。
私の解釈ですが、新聞のルポは以下のような特徴があります。
- 現地の事を書いているのであれば、ルポも通常の記事も書き方はほぼ同じ
数行だが、記者が見たり、触ったり、匂いを嗅いだり、味わったりした場面と、その感想が書かれている。取材の質問ではなく、現場にいた人と記者との間で交わされた会話なども含まれる。
- ルポスタイルは、新聞の報道手段の一つ
新聞は、「何が起こった」というニュースをまず伝える。第一報の後も、事件や社会問題を書いてくが、話が出尽くしてしまう時がある。鳥インフルエンザの例であれば、あちこちで発生し、農家の嘆きや消費者の声、近隣住民の不安などは、毎日のように書かれ、飽きられてしまう。そういう状況でも、何か継続して報じたい。その時に使われる手法がルポ。
- 統計的な数値がない
統計的な数字に頼って、「大方の現場にはこういう特徴があります」と報じたいのだが、統計数値がない。そういう時に、現場の詳細を通常の記事よりは若干生々しく書くことで、「あくまで一つの所ではあるが、現場ではこういうことになっている」という記事にする。
時々、ノンフィクションのような面白いルポを読むことがあります。新年企画などの長行連載によく見られます。
もし、私のように「ルポって何?」と思った、若手記者の方がいらっしゃったら、新年連載を読んでみて下さい。ルポが見つかるかもしれません。
ちなみに、私が書いた鳥インフルエンザのルポは、デスクがほぼすべて書き直してしまい、私が現場に行ったからわかった部分は消えました。そして、ほぼ通常の記事になりました。
今思えば、「最初に書いた私の下手な原稿の方が、色んな意味で面白かったのになぁ」と思います。その面白さを伝える技量がなかったのだとは思いますが……。
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