事件の容疑者について 警察が認否を明らかにしない理由

2024年4月10日

キャスター

警察は捜査に支障があるとして、容疑者の認否を明らかにしていません

 テレビのニュースなどで、このように聞くことはありませんでしょうか。

 「認否」とは文字通り認めることと、否定すること。事件について、犯罪を行ったと認めるか、認めないかを指します。

 多くの事件報道では、容疑者の認否について、次のように明らかしています。

アナウンサー

容疑者は「間違いありません」と容疑を認めているということです

キャスター

容疑者は「よく覚えていない」と容疑を否認しています

 ところが最近、警察発表で容疑者の認否を明らかにしないケースが散見されます。

 申し遅れましたが、社長の藤田です。2021年に19年3カ月勤めた新聞社を退職し、フリーランスのライターとして活動しています。記者時代は、事件や事故の担当をしていたこともありました。

 今回は、事件の容疑者の認否について、警察が明らかにしない理由を考えてみたいと思います。

なぜ認否を明らかにしないのか

 警察はなぜ、容疑者の認否を明らかにしないのでしょうか。

 結論から言うと、はっきりとした理由は分かりません。そこで私なりにいくつかの仮説を挙げてみました。

共犯者の動向に影響を与える

 逃亡中の共犯者がいる場合、容疑者の認否を明らかにすることで、動向に影響を与える可能性があります。

 例えば強盗事件で、容疑者が否認しているのが明らかになった場合、共犯者は「自分はまだ大丈夫だ」と思い、別の強盗を重ねる可能性があり、さらなる被害拡大につながってしまいます。

 逆に容疑者が容疑を認めていることが分かると、共犯者は「まずい」と思い、捜査の手が伸びる前に逃亡。警察としてはより捕まえにくくなってしまいます。さらに海外に高飛びし、犯罪者引渡条約が締結されていない国に潜伏されると、捜査に多大な時間と手間がかかることになります。

被害者・関係者のプライバシー保護

 事件や事故に関係する被害者や関係者のプライバシー保護のために、容疑者の認否を明らかにしないことが考えられます。

 容疑者が逮捕されたことが明らかになると、被害者や関係者に対するマスコミの取材や周囲からの問い合わせが増えるため、それらを避けるためにも警察が認否を明らかにしないことがあるという説です。

容疑を明らかにしないこと かつてはなかった

 私が新聞記者として事件を担当していたころ、警察が容疑者の認否を明らかにしない、といったことはありませんでした。酒に酔っていて取り調べにならないとか、黙秘をしていて分からないというように、物理的に明らかにできないことはありました。警察が意図的に発表しないというのは、少なくとも私の記憶の中ではありません。

 警察が容疑者を逮捕すると、大きい事件の場合は新聞やテレビ、通信社の記者を集めて会見を開きます。比較的軽微な事件の場合は、書面(報道発表文)のみで発表し、各社が必要に応じて取材をします。

 報道文発表の場合、少ない人数で広域を管轄する大手新聞社やテレビ局は電話で取材しますが、各拠点に記者を配置している地方紙の場合は警察署に行って話を聞くことが多いです。

 警察署では、ナンバー2の副署長がマスコミ対応を行うこととなっており、記者も原則副署長に取材します。そこで、必ずといっていいほど、容疑者の認否を聞くことになります。

若き日の私

この容疑者は窃盗容疑を認めているのですか?

副署長

いやー、わしも聞いとらんのや。(認否について)いるか?

若き日の私

いります

副署長

ほんなら聞いてみるわ。ピッポッパ(内線電話のボタンを押す音)、もしもし、1課長? 被疑者は認めとんかな? ふんふん…はいはい…。おーそうか。分かった。ガチャ(電話を切る音)

若き日の私

何と言ってますか?

副署長

認めとる。「遊ぶ金が欲しかった」やって。他にもやっとるみたいやで

このようなやりとりを経て、新聞記事の以下のようなフレーズが誕生します。

 「容疑者は『遊ぶ金が欲しかった』と容疑を認めているという。○○署が余罪を調べている」

 もっとも、私が事件の担当をしていたのは10年以上前なので、その間にいろいろ変わっているのかもしれません。あくまで、昔話です。

認否を明らかにしないことへの疑問

 ここからは私の考えです。

 容疑者の認否を明らかにしない事件のニュースを見聞きするたびに、私はこれでいいのだろうかと思います。よほどの理由がない限り、私は認否を明らかにするべきだと考えます。

 当然ですが、警察などに逮捕された容疑者は、外部からの接触が制限されます。ブログやSNSで、自分の考えや言い分を自由に発信することもできません。

 一方、国際人権規約などでは、有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われないという「無罪推定の原則」が定められています。逮捕されて、すぐに有罪になるわけではありません。

 接触が制限されているにもかかわらず、有罪ではない容疑者にとって、容疑の認否はある意味、外部に対する唯一の弁明の場です。たとえ警察発表というフィルターを通していたとしても、私は必要なのではないかと考えます。

まとめ

 今回は、事件の容疑者について、警察が認否を明らかにしない理由について考えてみました。いろいろと難しいことを書いてしまいましたが、有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われないという「無罪推定の原則」だけでも心に留めていただければ幸いです。

 仕事柄、新聞やテレビ、そしてネットなどのニュースに触れていると、いろいろと気になる点に突き当たります。このブログでも、ニュースに対する素朴な疑問について取り上げていければと思います。

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Posted by かく企画