新聞が容疑者を断定していた時代
みなさん、こんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。このブログは、フリーランスや副業に役立つスキルや経験を紹介していますが、時々、新聞について考える話を紹介しています。
今回は、「昔の新聞」を垣間見た経験をお伝えしたいと思います。
「警察より先に容疑者を見つけろ」
私は昔、新聞記者をしていました。
初任地で事件が発生しました。細かいことは忘れてしまいましたが、当時としては、そこそこ大きな事件だったと記憶しています。
その時にデスクに言われたことがあります。
「警察より先に容疑者を見つけろ」
冷静に考えるまでもなく、警察が容疑者を絞りきれていない段階で、一新聞社が容疑者を見つけるのはかなり難しいです。ほぼ不可能です。
容疑者が新聞社にやってきて自白し、それ相応の証拠を提示していれば可能性があるかもしれません。もちろん、その事件では、まったく手がかりを持っていませんでした。
どんな事件だったかは記憶の彼方ですが、事件発表の初日に冒頭の言葉をデスクに言われたような覚えがあります。
当時、事件担当の記者は私ともう一人。たった二人で警察組織の捜査力を上回ることをやれと言われたのと同じです。
なぜそういうことをデスクが言ったのか? 個人的なハラスメントの傾向はさておき、その後、考えさせられることがありました。それが、今回のメインテーマの実体験です。
名張毒ぶどう酒事件
新聞記者の仕事を大まかに分けると、現場で取材をする人と、見出しをつける人、確認する人がいます。
私は一時期、見出しをつける仕事をしていました。
簡単そうですが意外とそうではありませんでした。見出しをつけるのには、いくつかの要素があります。そして、その要素を決める根拠を考えないといけません。
まずは、見出しの言葉。そして大きさ。どこの紙面のどの位置に載せるか。その他にもありますが、少なくとも以上のようなことを決める仕事でした。
そのためには、普段から新聞をよく読む必要があります。また、データベースを使って、過去の記事や類似するものを調べるという作業もします。
例えば、ある記事の続きの話(※マスコミでは「続報」と言います)の場合は、前回との整合性や今後の見込みから、見出しを検討する必要があります。
日にちや内容が一定程度予想できる記事の場合、事前に入念な準備をします。ノーベル賞の発表やプロ野球の日本一などです。裁判の判決もその一つです。
私が見出しをつける仕事をしていた時、衝撃的だったのは「名張毒ぶどう酒事件」です。
「名張毒ぶどう酒事件」について出来るだけ簡潔にまとめてみます。
※日本弁護士連合会のHPを以下要約
1961年に三重県名張市のとある地域で開かれた懇親会が事件現場となりました。農薬入りのワインを飲んだ5人が死亡し、12人が傷害を負うという事件が発生しました。亡くなった5人の中に妻と愛人がいた奥西勝氏が殺人罪などの容疑をかけられました。1972年の最高裁で死刑判決が確定。しかし、冤罪を訴えて裁判のやり直しを生前に9回求めました。
死刑確定後、その執行が40年以上も見送られた一方で、裁判のやり直しとはならず、奥西氏は2015年に亡くなりました。
「容疑者逮捕」の新聞が見つからない
驚いたことが起こったのは、記憶が間違えていなければ2012年だったはずです。奥西氏側が裁判のやり直しを求めるという情報があり、紙面づくりをする部署にいた私も準備を始めました。
上にまとめたように、長い時間に渡る話です。2012年時点で41年経過していました。捜査段階の自白や証拠をめぐって多様な意見があり、知れば知るほど複雑な要素が絡む裁判でした。
見出しを付ける仕事の場合、過去の新聞記事を集めます。さすがに1961年の新聞は、社内のデータベースの用語検索では出てきません。まず、奥西氏が逮捕された日付をインターネットで調べて、その翌日の朝刊1面(※1ページ目)をダウンロードしました。
ところが、どこにも「奥西容疑者を逮捕」という見出しが見つかりません。1面にないなら、第1社会面と思いましたがありません。第2社会面を含めすべてのページをダウンロードしましたが、見つかりません。
大きな事件ですから、横書きのドーンと大きな見出しがついているはずで、簡単に見つかるだろうと思っていました。
逮捕翌日に大きな見出しがなかった理由
「もしかしたら、特オチ(※他のマスコミが報じているのに、自社だけ掲載出来なかったこと)でもしたのかな」
次の夕刊、その次の朝刊と、一枚一枚ダウンロードをしました。ところが、5日分調べましたがどこにもありません。しかたがないので、今度は日付を遡っていきました。
すると、警察が逮捕をする前に、奥西氏が容疑者だという見出しが見つかりました。もちろん、記事の扱い方もとても大きなものでした。
今、手元にその過去の紙面がないので記憶をたどるしかないのですが、だいたい次のような内容でした。
・記者たちの質問に対し、警察に逮捕される前の奥西氏が犯行を認めた
・紙面に掲載された写真は、奥西氏を記者たちが囲んでいて事件について聞いている様子
つまり、警察が証拠などを固めて逮捕をする前に、新聞社として奥西氏が容疑者であると断定。大きく報道したということでした。
逮捕日翌日の新聞 小さな見出し
当時の過去紙面のダウンロードは手間がかかり、かなり長い時間調べていました。その紙面を発見した時は、思わず声を出してしまいました。
そして、逮捕日翌日の新聞をよく見ると、警察が逮捕したことを知らせる小さな見出しと短い記事が載っていました。
今の新聞社に勤める人の感覚では想像できない新聞紙面でした。
新聞が「威張っていた」時代
現在のマスコミは、事件の容疑者逮捕を報じる場合、警察の発表を待って大きな見出しや長い記事を掲載する場合がほとんどです。
理由はいくつか考えられます。
1つ目は、警察が逮捕する前に捜査の妨害をしないということ。次に考えられるのは、人権意識が昔とは違い、容疑について慎重になったということ。
新聞記者は偉そうだと言われた経験がありますが、昔の記者はもっと威張っていたという高齢者の話を幾度か聞いたことがあります。
当時の新聞社は警察の公権力に対峙している意識が強かったのかもしれません。
「自分たちが容疑者は奥西氏と判断した後なのだから、警察の逮捕は大したニュースではない」という、当時の新聞記者たちの思いが伝わってきました。しかし、名張毒ぶどう酒事件の昔の新聞を読んだ時、「いくらなんでも逮捕時に一番小さいサイズの見出しはないだろう」と思いました
昔の新聞はとても威張っていて、警察や政治家にとっては鼻持ちならない存在だったと思います。ただ、今の新聞とテレビはミスを恐れてどんどん縮こまっている印象を持つことがあります。ネット社会の「発展」によって、メディアへの視線が厳しい上、経営環境が悪化していることが理由でしょう。
メディアは人間が作るものですからミスはつきものです。そのミスが一人の人生や、一社の企業経営にとんでもないダメージを与えることもあります。慎重になるのは当然です。
でも、誤解を恐れず言いますが、現在のメディアの萎縮ぶりは、逆にメディア離れを引き起こしていると思います。新聞社の人間が自分で判断をすることを避けている事例を記者だった頃に幾度か目にしました。時代は変わりました。
以上、記者をクビになった人間の戯言です。
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