周防柳「八月の青い蝶」
みなさん、こんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。私、今日も小説を読んでいます。
今回は、2013年に小説すばる新人賞を受賞した周防柳さんの「八月の青い蝶」を紹介いたします。このブログを読んだ方は、8月でなくても、手にとってみてください。
ほんのちょっとだけストーリー紹介
自宅療養となり、そう長くない命となった高齢の男性が帰宅します。家族が世話をする中、出てきた青い蝶の標本。男性の少年時代に広島に投下された原爆と初恋の物語です。現代と時間が交錯しながら、ストーリーが進んでいきます。
青い蝶の標本がどうして長い間残っていたのか。その謎も読者を話に引き込む要素になっています。
小説すばる新人賞は、エンターテイメント作品が対象でジャンルは問われていません。この作品の読み始めは、「これってエンターテイメントなのかなぁ」という滑り出しでした。中盤から一気に引き込まれ、あっという間に読んでしまいました。
松本清張の短編集のような文体だと感じました。しっとりしていると思っていると、今っぽい言葉づかいも出てきて、文章が生き生きしています。
2000年代に原爆を書くということ
これまでに、原爆を描いた作品は数多くあると思います。私が注目したのは、2000年代に入って発表された点です。
原爆の作品といえば、井伏鱒二の「黒い雨」がすぐに浮かびます。私は、今村昌平監督の映画を見ました。映画は1989年公開ですが白黒です。見る側が耐えられないほどのリアリティで描いているので、白黒なのだろうと思います。
小学生の頃に読んだ、丸木俊・位里の絵本「ひろしまのピカ」、中沢啓治の漫画「はだしのゲン」にも、衝撃を受けました。いずれも、原爆投下直後のシーンが強烈に記憶に残っています。
私は新聞記者時代、過去の戦争について取材をしたことがありました。ですので、作品を読んでとても考えさせられました。
日本のマスコミがよく報道するのは、被害者体験です。また、後世の家族が聞いた戦争体験です。当事者の話というのは、時間の経過とともに取材が難しくなります。
そんな中、何を伝えるのか。この作品を読んで、なにかヒントのようなものが垣間見えました。
この作品は、小説すばる新人賞を2013年に受賞しています。戦争体験者が本当に少なくなり、読者の多くは、戦争の実体験がない人たちです。
投下直後の惨状(という言葉で表現しきれるものではありませんが)に加えて、2000年代に生きる人に訴えかける要素が盛り込まれています。
語りきらずに描いたテーマの核心
戦争に対して、どう受け止めて生きていけばいいのか苦悩し続ける登場人物。
「戦争の悲惨さは語り継がなければならない」というのは、そのとおりです。ただ、語り継がなければならないことの奥深くに横たわっているのは、簡単に語れないことではないかと気が付きました。
この小説は、テーマの核心について、簡単に割り切ることなく描かれています。
私は、小説を読むとき、惹きつけられたセリフをノートに書き出しています。今回の最後は、この作品から書き出したセリフを紹介して、終わりにしたいと思います。
(181ページから)
それは、いちど徹底的にやられたことのある者特有の腹のすわり方であったし、深読みすれば、人にとって最大の武器となるのは、結句、自分には非はないという思いであることを知っている者のセリフだった。
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