
垣谷美雨「墓じまいラプソディ」
こんにちは、仮面ライターです。今回は、垣谷美雨さんの「墓じまいラプソディ」(2023年、朝日新聞出版)です。
垣谷さんは、2005年に「竜巻ガール」で第27回小説推理新人賞を受賞してデビューされています。「墓じまいラプソディ」は、墓問題を描いた作品です。嫁いだ家の墓に入りたくない、という遺言から物語がはじまります。
最近、私は墓のことが気になっていました。結婚しない人が増えています。子どもがいても男はいないという人もいます。
慣習なのだろうけど、どうして長男が家の墓を継ぐのか。そして、どうして男にそんなにこだわるのか。こんな仕組みのままではやっていけないんじゃないの、というのが私が抱いている素朴な疑問です。
墓問題に限ってみれば、実際に墓の掃除など面倒なことは女性がする。そもそも、「嫁ぐ」という漢字が、「どうなの?」という気がします。
問題の根源はシンプルです。
「選択的夫婦別姓制度」に反対する、頭のかたい、いや、伝統をとても重んじる、国会議員の長老たちのおかげです。 天皇制もそうですが、男にこだわりますよねぇ。
墓じまい問題を扱っている書籍をいくつか読むと、「◯◯家の墓」として代々墓を維持するようになったのは、おおよそ明治時代から。長老たちは明治くらいから始まった「伝統」が大好きな傾向にあります。作品に出てくる長老型の男性は、はじめは「伝統だ。文句を言うな」という論調です。ところが、国会議員の長老と違って、少しずつ心が揺れ動くようになります。
もう一つの問題の根源は僧侶です。
墓をつくるのに数百万円、墓じまいするにも数百万円。そんな金額がかからないところもあるとは思いますが、墓じまい本(垣谷さんの作品ではないです)を読むと、結構えげつない話が出てきます。
ないと思っていてもあるのが宗教心。子どものころに、一度や二度、墓に手を合わせた人なら、なかなか僧侶のいうことに抗することはできません。
立派な僧侶もいます。でも、庶民から数百万円をいただくのってどうなんでしょうかね。住職の車が立派な外車というのはよく見るし、袈裟姿でハーレーをかっ飛ばしている坊さんを京都で何度も目撃してるし。高級ホテルのバーの会員権を持っている坊さんもいるし……。
人の心の弱さにつけ込んだビジネスと思われてもしょうがないよなぁ。
小説にこんなセリフが出てきます。
「だって墓石に魂を入れるなどというのは、本来の仏教の教えから大きく逸脱してきますもの。仏教の教えは色即是空ですよ」
これは、若い女性の僧侶の言葉です。本当の仏教はどこにいったのでしょうかねぇ? そもそも、これだけ宗派が分かれるものどうなんだろう。宗教界の人には申しわけないけれど、そう思います。
お坊さんが極貧に耐えながら住職を、と言うわけではありません。檀家が減って寺の維持が大変だという話は、墓じまい本にはよく出てきます。
でも、百万円単位の墓じまいや、僧侶のリッチ感あふれる暮らしに、あれれ?と思う次第です。
墓の下に眠る家制度問題。これだけ少子高齢化が進んでいるのに「俺が若い時は苦労して墓を維持した」「先祖が守ってこられたお墓を捨てるのですか」と言われても説得力はありません。長老派国会議員の一部と坊さんの一部。この人たちとの付き合い方をなんとかしないと、現役世代はやってけない。この一点では多くの人が一つになれるような気がします。







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