愛人と逃げた政治家 ―選挙違反と新聞報道―
みなさんこんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。
統一地方選挙の投票日が近づいてきました。弊社の社長が先日、自分の家庭内別居のエピソードを披露しながら、統一地方選挙について解説しました。
投票日まで、マスコミは選挙参加を呼びかけるべく報道を続けます。実は、その後も記者は動き続けます。あまり知られていないと思われる取材について私が体験したエピソードを紹介します。
前半戦と後半戦 その後は別の「戦い」が
あらためてですが、今年の統一地方選の日程をおさらいします。
・4月10日 前半戦(都道府県知事選・議会議員選、政令指定都市の市長・議会議員選)
・4月24日 後半戦(市区町村長戦、議会議員選)
今ごろ、記者の人たちは選挙情勢の取材や投開票日に向けた取材で大忙しだと思います。マスコミでも通常、4月1日付けで人事異動があるのですが、選挙のために日付が5月にずらされます。
小学校や中学校にこの春入学する子どもがいる記者は、子どもを入学1カ月で転校させるか、家族だけ先に引っ越ししてもらい、自腹でホテル生活をするかという選択に迫られます。
新聞社では、選挙など忙しい取材期間を「お祭り」などと呼ぶ風習があり、家族の事情などお構いなしです。
大騒ぎをした選挙取材の後は、ひっそりと別の取材が始まります。それが選挙違反の取材です。
捜査関係者や選挙関係者への「夜討ち朝駆け」取材をする日々。結局、逮捕に至らなければ、世間の人たちが知ることはありません。それでも、逮捕前から「怪しい」当選者・落選者に関する取材が続くのです。
県議選トップ当選 「逮捕」のXデー情報
もうずいぶん昔の話です。私は、現場の記者でした。県議選でトップ当選した男性が、選挙違反をしたという情報をつかみました。しかも、任意で警察が事情を聞くというのです。任意というのは、逮捕状はまだ出ていないものの、捜査を重ねた警察が逮捕前にする動きです。
捜査関係者を取材する記者と、選挙の陣営関係者を取材する記者にわかれて、取材が始まりました。
私は、当の本人を担当することになりました。毎朝、午前6時前には本人の家の前に行き、警察署に連れて行かれるか確認をしました。
住宅地の中で隠れる場所もなく、斜め向かいの家の塀に張り付くように立ち続けました。すくなくとも、午前9時半くらいまでは立っていた記憶があります。
投開票日までの取材で寝不足が続き、「見張り」三日目で、すでに疲れていました。すると、私が立っている塀の後ろの勝手口から女性が出てきました。私は視線をそらして、その場から少しだけ離れました。
翌日もその女性が出てきます。困ったことに、私が立っている場所はベストポジション。トップ当選した県議会議員の家からこちらは見にくい場所です。立ち去るわけにはいきません。前の日同様、わずかに立っている場所をずらしました。
すると、ゴミを持ったその女性が私に近づいてきました。近所迷惑と言われるかと覚悟していると、女性が一言。
お疲れ様です
私はわけがわからず、あいさつをしました。
次の日も、女性は勝手口から出てきて、声をかけてくれます。
朝の「ルーティーンワーク」が終わって、警察署に行きました。広報対応をする副署長席に向かい、いつも通りのあいさつ。席の前にあるソファに座って、新聞を眺めながら、副署長が朝の決済を終わらすまで待っていました。
他の記者と一緒に副署長との雑談が終わると、副署長が私だけ残るように言いました。
お前、がんばっとるやないか
私はとぼけました。
隠さんでもええ。あいつのところに毎朝立ち番しとるらしいな。しかも、朝早くから
ああ、あれですか
毎朝、お前に挨拶する女の人がいるだろ?
はい
うちの署員のかみさんや。褒めとったぞ
謎が解けました。
お前のところは大丈夫だと思うけど、臆測記事は勘弁してくれよ。それと、今、微妙な時期だから、本人に直接聞くなよ。逃げると困るから
警察官の中には、しっかり取材する記者をよく見てくれる人がいます。私は淡い期待を抱きました。それにしても、逃げるとは?
昔の新聞はまるで小説
私は日中の取材を終えると、職場に戻って過去の記事を調べました。
現在、取材している県議会議員の父も、その昔、県議会選挙でトップ当選。その後に選挙違反で逮捕されたと、副署長に教えてもらったからです。
データベースで昔の紙面を一ページずつ見ていくと、記事が見つかりました。当時の報道に私は驚いたと同時に、「逃げる」とうクエスチョンマークがエクスラメーションマークに変わりました。
紙面はテレビ欄裏に印刷される第一社会面。逮捕された容疑者は、敬称はなく、呼び捨てです。現在であれば、逮捕されていれば「○○容疑者」と書かれます。
警察が逮捕状を取ったのですが、逮捕できません。逃走したのです。その報道が今の基準からかけ離れていました。
○○(容疑者の姓)、愛人と逃げる
見出しにびっくり。容疑者のトップ当選県議が、愛人と逃走劇を繰り広げ、記者が追っかけ回す様子が報じられていました。
今は、「愛人」とは書きません。「知人」という表現に弱めると思いますし、身柄が拘束されるまで突っ込んだ記事を出さないかもしれません。
そもそも、愛人と逃げている情報を捜査関係者から聞き出せたとしても、書くなと言われるはずです。というのは、警察がどこまで逃走情報をつかんでいるか、逃げている側にわかってしまうからです。もちろん、逆手にとって記者に書かせることはあるかもしれませんが、国会議員でもなければ可能性は低いと思います。
私は小説を読む気持ちで、データベースの画面をにらみ続けました。
その一連の記事を読んだ記憶から考えたことがあります。
現在、新聞社は発行部数の減少がすさまじく、経営はとても厳しい状態です。新聞の苦戦について、インターネットの存在が原因に挙げられますが、記事がつまらなくなっていることも関係しているのではないでしょうか? もちろん、現在の人権意識からすると、「愛人と逃げる」という記事は書けないと思います。ただ、時代の変化とともに、書ける範囲が狭くなっているのは事実だと思います。
なんでもかんでも書かないけれど記者は知っている
話は、私が取材したトップ当選県会議員の話に戻ります。
私が立ち続けた場所には、別の新聞社の記者も立つようになり、複数のマスコミが取材続けました。逮捕の「Xデー」ではないかという日は何回かありましたが、この議員は、結局逮捕されることはありませんでした。
警察はできる限りの捜査をしたと思います。でも、逮捕に至るまでの証拠や証言を集められなかったそうです。
その議員が選挙違反で調べられていたという記事は世に出ませんでした。新聞がおもしろい時代だったら、逮捕に至らなくても記事にしてしまったかもしれません。しかし、現在の新聞報道の基準では記事にすることはないでしょう。
数十年前の話ですが、私の記憶には限りなく「クロ」の事件として残っています。世に出ない「事件」でしたが、元記者は覚えています。
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