阿川せんり「厭世マニュアル」
こんにちは。「かく企画」社員の仮面ライターです。突然ですが、7月下旬におもしろい小説に出会いました。
この時点では、2023年のマイベスト小説です。今回はこの小説について紹介したいと思います。
概要紹介
作品は「厭世マニュアル」(角川書店)。阿川せんりさん作です。2015年に野生時代フロンティア文学賞(現:小説野生時代新人賞)を受賞しています。
マスクを外せない若い女性の物語です。この作品が出たときは、新型コロナが世の中を変える前。今となっては、公式の場でマスクをしていても、どうってことはありませんが、考えてみれば、どこでもマスクをしているというのは、以前の世界では(特に同調圧力が強い日本社会では)、よろしくない行いでした。
企業に就職せず、ビデオレンタル店でバイトをして暮らすマスク女。マスクが原因で、いたるところで嫌な思いをします。
「だったらマスクを外してしまえばいいじゃないか」と思う人は多いでしょうが、そこは筆者の腕がすごいところ。読んでいると、マスク女の側に立ってしまいます。
自分の近くにいたら笑えないセンパイやバイトの同僚たち。よくよく思いをめぐらせてみると、「世の中まともな人っていないよなぁ」と思いました。
こんなタッチで書けたら
私は小説を書いています。ですので、読者でありながら、頭の片隅で「なんか良いところを盗んでやろう」という邪な思いをいだきながらの読書になります。
「厭世マニュアル」は、タッチの軽やかさが素晴らしい作品です。こんなタッチで書けたらと思いました。読了後に書いたブログ原稿のいくつかは、影響を受けていると思います。(今回のブログは、読んでから時間を意図的に置いて書いています)
主人公のマスク女は、彼女なりに苦しい思いをしながら生きています。彼女のことを考えると、気の毒な限りです。
悪い人や嫌な人にはどうしても出会ってしまうものです。そういう人たちの本質的なところを真面目に考えると、腹が立ったり、不安になったりします。
「厭世マニュアル」を読んで気がついたのは、そういう人たちから距離を置いて(それが難しいのですが)、カラッとした感じで分析する。そうすると、悪い人や嫌な人は「おもしろい人」になってしまいます。
そういう人物描写があって、作品は軽やかでおもしろい話に仕上がっています。
すごいと思ったこと
作品の世界に没頭しながら後半に入っていきました。
淡々と自分の外の世界をみていたマスク女がキレる場面があります。コメディみたいですが、これが自分に起こったら、かなり深刻なシチュエーションです。
小説家の私なら、ここで満足してストーリーを終わらせてしまうところですが、阿川さんはここで筆を止めませんでした。
さらに先の地点まで話を進め、読者の私を納得させてくれました。
今年の後半に「厭世マニュアル」を超える作品に出会えるか楽しみです。また、阿川せんりさんの別の作品も手に取りたいと思いました。
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