舌禍事件における新聞報道の違い 静岡県知事を題材に考える

2024年4月10日

 こんにちは、社長の藤田です。現在はフリーライターとしてさまざまな記事を書いていますが、かつては新聞社に勤務し、記者と営業職を経験しました。

 「新聞っていろいろあるけど、どう違うの」「どれも書いていること同じじゃないの」と思っている人は多いのではないでしょうか。特に営業職で購読勧誘に回っていたときにそんな声をよく耳にしました。

 確かに同じように見えるかもしれませんが、言うまでもなくその中身は微妙に?違っているのです。

 新聞ごとの取材態勢や問題意識の違いが現れる場面の一つが、政治家などが不適切な発言をする「舌禍事件」。同じ発言でも、失言として取り上げる新聞もあれば、特に問題視せずスルーする新聞もあるなど、記事の内容が新聞によって大きく異なる場合があります。

 今回は、ある政治家の舌禍事件を題材に、ニュースにどう違いが出たかについて振り返ります。

静岡県知事の入庁式での発言

 今回題材にするのは、2024年4月1日に静岡県の川勝平太知事が県庁職員の入庁式で放った発言です。概要を新聞記事から引用します。

 静岡県庁で1日、新規採用職員向けの訓示が行われ、川勝知事は「県庁はシンクタンク(政策研究機関)だ。毎日毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違い、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち。それを磨く必要がある」などと述べた。特定の職業を比較するような発言で、再び物議を醸しそうだ。

4月2日付読売新聞(読売新聞オンラインより引用)

 これが報道されるやいなや、静岡県庁には抗議の電話が殺到。翌日、知事は任期満了を待たず6月議会をもって辞職することを明らかにしました。

 その後、知事は4月10日に辞職願を県議会議長に提出しました。新しい知事を決める選挙は5月に行われる見込みです。(本段落は公開後加筆)

 ただ、その後の会見を聞く限り、辞任の主たる理由は「事業に区切りがついた」とのことで、失言に対しての反省はあまり感じられませんでした。

農家や製造業を見下しており、許しがたい

 知事当人に差別意識があったかどうかは知るよしがありませんが、発言を聞く限り「県庁職員は頭脳・知性が高く、農家・八百屋、畜産業、製造業は頭脳・知性が高くない」としか解釈できません。第1次、第2次産業を下に見ているからこそ出たのでしょう。

 フリーライターをしている私は、中小企業、とくに製造業を頻繁に取材しています。取材対象者である社長たちは、ものづくりに励む人たちに対して畏敬の念を持っていることが多いです。

 「日本は職人やマイスターに対するリスペクトがない」

 今年初めから取り組んできた続き物の取材で、複数の経営者からこのような言葉を聞きました。ちなみにいずれも非製造業の社長さんでした。

 ちなみに私の実家も、妻の両親も農業を生業としています。そういう点でも、個人的には許しがたい発言です。

報道はどのように分かれたか

 怒りのあまり話がそれましたので戻します。

 4月1日は各企業や官公庁で入社式・入庁式が執り行われます。中でも都道府県庁の入庁式は規模が大きいために取材されることが多く、私も何度か取材してきました。静岡県については知事が過去に何度も失言を起こしており、当然各社とも取材に行く判断をしたと思われます。

 職業差別にもつながる今回の舌禍事件について、各社はどのようなタイミングで報道したのでしょうか。見てみたいと思います。

 (考察には万全を期しましたが、私は静岡県に住んでいないのですべての新聞を自分で確認することができず、一部はニュースサイトの情報に頼っている点をお許しください。もし事実誤認がありましたらご指摘いただければ幸いです)

翌日報道したのは読売新聞のみ

 翌日(4月2日)のタイミングで記事化したのは、一般紙では読売新聞のみでした。

 ネットでは、読売新聞がJR東海など政財界と関係が深いことを指摘した上で「読売が報じたのはリニア中央新幹線の建設に反対している知事への意趣返しだ」といった意見もありました。また、発言の一部を切り取って恣意的な解釈をする「切り取り記事だ」として知事を擁護するポスト(旧ツイート)も見られました。

 ただ、今回の発言は、どう解釈しようが切り取ろうがやはり差別的。JRと懇意であろうがなかろうが、きちんと紙面で問題提起する姿勢は、マスコミとしてはあるべき姿だと私は感じています。

多くの紙面は後追い報道

 多くの新聞は翌日の紙面で知事の差別発言を取り上げることはなく、読売より1日遅れの4月3日で報道しました。発言を問題視しなかったのか、不適切と思いつつも知事への忖度で掲載を見合わせたのか、それは分かりません。静岡県内の記者の人数が少ないメディアは、そもそも入庁式の取材をしていなかったかもしれません。

 「普通の入庁式」として記事を掲載し、その後、騒動が大きくなったことを受け、「知事の発言が物議を醸している」とあらためて報道した新聞が多いようです。

 中には、「普通の入庁式」としての記事を掲載し、その後「知事が不適切発言していたことが分かった」と追っかけ記事を掲載していた新聞もありました。

 「分かった」という表現は、記者がその場に居合わせていないときに使う常套句です。ですので、今回のように記者がリアルタイムで取材していたニュースでの使用は適切ではなく、あたかも「私たちは知事の失言を知らなかったのですよ」とごまかしているかのようです。

 記者はその場でいたはずですが、居眠りでもしていたか、それともトイレでその場を外していたかで、発言を聞き逃していたのでしょうか。しらじらしい限りです。

まとめ

 今回は、静岡県知事の不適切発言を題材に、新聞それぞれの報道の仕方の違いについて紹介しました。

 私自身も記者時代、自分も取材した題材を他の新聞社が鋭い切り口で記事化し、泡を食ったことが何度もあります。「問題意識を持て」と上司や先輩に何度説教されたか分かりません。

 ですので、今回の一件をすぐに問題視できなかった記者の忸怩たる思いはよく分かります。

 とはいえ、「職業に貴賎あり」と言うかのような発言なだけに、速やかに問題視するメディアがもっとあってもよかったのではないか。一読者の立場となった今はそのように思っています。

新聞記者

Posted by かく企画