銀座のビールが教えてくれたこと
みなさん、こんにちは。 仕事を始めたばかりの時に、メンターに教えてもらった人は少なくないと思います。メンターとは、「指導者」「助言者」という意味で、仕事やキャリアの手本として、新しい社員らに指導をする人を言います。
今回は、私のメンターのメンターから聞いた話を紹介します。「役に立たない話」ですので、効用があると思わず読んでいただけたら幸いです。
メンターのメンター
私は新聞社に入社する前に別の企業で働きました。その会社は、学校を出てから最初に勤めたところでした。
10歳近く年上の中堅社員の人が私のメンターでした。とても優しく教えてくださる方でしたが、私が手抜きをしたり、学生気分でふざけたりしていると、徹底した理詰めで注意をするので、ある意味とても怖い人でした。
私のメンターをしてくれた先輩には、社外にメンターがいました。私にとっては、「師匠の師匠」に当たります。
先輩のメンターは、私とは20歳以上年齢が離れていました。学生時代に映画会社から俳優として声をかけられたことがあり、かっこいい容姿の人でした。
先輩の仕事相手だったので、入社して数ヶ月のある日、初めて会うことが出来ました。話が面白くて一緒にいるとあっという間に時間が過ぎてしまいました。ハードボイルド小説と落語、ジャズが好き。博打などはしませんが、「遊び人」でした。打ち合わせと称して、昼過ぎからしばしば飲みに連れ出してももらいました。
説教じみた物言いをしない人でした。面白い話の中に、仕事への姿勢や会社組織での責任のとり方などがにじみ出てきます。また、姑息な上司に媚びることがなく、一緒に仕事をしている人たちの責任は自分が取るという親分肌なところも、憧れました。
銀座の飲み方を教えてくれた人
「師匠の師匠」は、酒は銀座で飲むという人でした。
そう聞くと、金持ちではないかと思うかもしれません。私も最初はそう思っていました。記憶は定かではありませんが、金銭的に貧しい出身ではなかったようです。
私が教えてもらったのは、銀座でとんでもなく高い酒を飲む人は「田舎者」だ、ということです。
その人と3回目くらいに飲んだ時、「あなたのような若い人でも飲める店は銀座にあります。ちょっと高いことは確かです。でも、その違いを知っていると、いい人生になりますよ」と、教えてくれました。
どんな日でもまずは、「ライオンビヤホール」で飲みます。普通のビールよりは値段が少し高めなのは事実です。
店では、必ず小サイズを頼みます。小サイズをゆっくりと上品に飲むかと思いきや、一口です。先輩のメンターが教えてくれたのが、小サイズをさっと飲むのが一番美味しいということです。
もっと大きいサイズの方が、金銭的にはお得なのでしょうが、ちびちび飲むと、サッポロビールの美味しさを楽しめないというのが持論でした。一口で飲んでしまうなら、もう一つ上のサイズでも良いような気がしますが。
もう一つ教えてもらったのは、ライオンビヤホールでも「銀座七丁目店」は違うということです。高い天井のタイル画で装飾された店です。この店でビールを注いでいる人の腕は、他店とは違うと聞きました。
ポケットに500円
「あなたは若いから、今、色々と苦しいことがあるかもしれません」
私に話す時は、いつも敬語でした。
「師匠の師匠」が、ある日、自分の若かりし頃の話を始めました。話を聞いた場所は、銀座のライオンビヤホールです。いつもの現代版江戸落語のような雰囲気の口調ではありません。じめっとはしていませんが、仕事がうまく行かず、金銭的に苦しかった時期をとつとつと語ってくれました。
私は聞き入りました。その人が仕事の愚痴を言ったのを耳にした記憶がなかったので意外な印象を受けました。
「私があなたくらいの年齢の時に、ヤケな気分で酒を飲んだんです。仕事はできない。金もない。本当に情けない。酔った足で歩いていたらクラクラっときて、倒れました。ちょうど、この店を出てすぐくらいのところです。ポケットには百円玉が数個。500円あったかな。毎日同じ様な日々でした」
こんな粋で豪快な人にも、そういう時期があったのかと、私は黙って話を聞きました。
20年後の「七丁目」 あの話の不思議
「師匠の師匠」に出会ってから20年以上が過ぎました。昨年、久しぶりに銀座を歩き、銀座七丁目のライオンビヤホールに入りました。1人でした。
働き始めたばかりの頃を思い出しながら、1杯目だけは小サイズを頼みました。当然、一口です。2杯目はもっと大きなサイズを頼み、ホールに広がる他の人たちの話し声を聞きながら、昔を思い出しました。
自分の境遇が情けなかった、と「師匠の師匠」が言っていた話をふと思い出しました。
懐かしい思い出に酔いながら会計を済ますと、金額にちょっと驚きました。やっぱり、銀座は高い。
店を出ると外の空気は心なしか少し寒く感じました。「師匠の師匠」が倒れたのはここらへんかなと思いながら、街を眺めました。未熟で仕事がうまく行かず、金もなくて困っていて、道端で倒れた日の出来事。辛かったんだろうなぁ、と私は思いました。
でも、「師匠の師匠」は、その日も銀座で飲んだのです。あの人が酒に酔うということは、かなり飲んだはず。そのお金はどこにあったのだろう。
夜の帳が下りても真っ昼間のように明るい銀座七丁目。私は酔った足取りで、しばらくさまよいました。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません